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Euro-Memo 2003

HOC

La Point du HOC

:::: 16 Aug. 2003 ::::
フランスのバスク地方の気温が連日39度くらいになり、風も熱を帯びてあまりに暑いのでノルマンディーに「避暑」に行きました。
予想どうりに、晴れ間が少なく、風があり、気温は30度をこえる事も無く、湿度も高くなりませんでした。
水辺に面した景色と芝生が良くて、さほどには混んでいないキャンプ場を見つけて快適に過ごすことができました。
そのキャンプ場に3泊し周辺をドライブしたり、1日中ゴロゴロと寝て過ごしました。
第二次大戦でノルマンディー上陸作戦が行われたOmaha Beach の広大な墓地には、ガイドブックにも載っているおびただしい白い十字架と、幾つかのダビデの星の墓標が、軍人らしく規則正しく並んでいました。
たいていは、名前と出身地が刻まれているのですが、中には「若い軍人」とだけ記された墓標も有りました。・・・・きっと、認識標も無くなるほどの損傷を受けたのでしょう。

そのOmaha Beach を遠くに望むLa Point du HOC というちょっとした半島にも、第二次大戦の遺物が残っていました。
砲撃なのか、爆弾なのか、すり鉢状の凹みだらけの草地に、地面を深く堀り分厚いコンクリートで覆ったドイツ軍のトーチカ?跡が幾つも残っています。
Omaha Beach の上陸作戦が行われる前に、レンジャー部隊がそのトーチカ群を制圧した経緯があるらしく、生き残りが中心になってそこを保存しているようです。
地面の下に隠れて、いつ来るか分からない連合軍を見つけるべく、夏でも重い雲と寒い風の中で目を凝らしていたドイツ人たちに哀れで陰惨さを感じます。
そして、その哀れなドイツ人たちを抹殺する役回りになってしまったレンジャー、彼らもほとんどがそこで、哀れな若き墓標の主になってしまったようです。

・・・・アメリカという国は、未だに哀れで陰惨な行動を世界各地で繰り広げているようで、「歴史からの教訓」と云うものを認めてないのか、ねじ曲げて解釈しているのか。
・・・・「俺らが一番強いんだぜ。」の幼い国というか、かの国の政治家達が好きな言葉「ならず者」がその政治家達を表す言葉なのか。
アメリカ人は嫌いではないのですが、彼らの「国」は好きにはなれません。

upload:30 Sep. 2003
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