タイムリー/ノットタイムリー
Vol.23
Giro d'Italia 2002


Contents
Orvieto  29 June 2002 絵葉書  18 June 2002
リゾート  13 June 2002 穴熊?  4 June 2002
29 June 2002
Orvieto
Funicolare(ケーブルカー) の山頂駅を降り薄暗い駅舎から眩しい駅前を見ると、歩道の向こう側から背丈ほどの金網とカラフルな看板が視界に入ってきました。
そして、お立ち台らしきものも。
Funicolare(ケーブルカー) 山頂駅の真ん前がGiro d'Italia のゴール地点だったのです。
何とも素晴らしい状況、「こんなのありかいな?」と驚いてしまいました。

自転車ロードレースに関心を持たない者でも、駐車場に車を止めて国鉄駅の地下道をくぐり、広場を挟んだケーブルカー駅からゆったりとケーブルカーで、山上の町Orvieto まで上がってきたとたんに見る風景としては、ちょっと刺激的だろうと思います。

こういう状況は嬉しい反面、帰りはどうなるんだろう、かなり込み合うのでは、と思いレースが終わってしばらく経ってからケーブルカー駅に向かいました。
そのせいかどうか、さほどのことなく、待ち時間も殆どなく町の下まで降りることが出来ました。
観客数もドロミテなど北部の山岳地帯に比べれば、少ないということもあったでしょうが、意外とスムーズにゴール地点から車までたどり着けました。
といっても、メインの駐車場は満杯で、隣の空き地もGoro d'Italia 目当ての観客の車でほぼ満杯状態だったようです。

牧歌的な風景の中、丘の上に Perugia(ペルージャ)、Assisi(アッシジ)、Spoleto(スポレート)などの町が点在するUmbria(ウンブリア)州の西部にOrvieto は位置します。
中世からそのままであろう狭い道を歩き回っていると突然のように現れる、素晴らしい外観のDuomo(ドゥオーモ/大聖堂)に圧倒されます。
外観だけでなく内部も素晴らしいようですが、今年はGiro d'Italia のゴールまであまり時間がなかったので入りませんでした。
何年か前に訪れたときは、内部に入ったような記憶がありますが、内部にある壮大なというフレスコ画についても宗教画にあまり免疫がないせいか覚えていません。
しかし、その外観には非常に惹かれるものがあり、Orvieto 付近にまた訪れることがあったら、Duomo に足を運ぶでしょう。

私がOrvieto の名を知ったのは、辛口の「Orvieto」という白ワインを通してでした。
その安ワインのラベルには、Duomo の絵がありました。
町の観光ストリートには、ご多分に漏れずワインが試飲できる店があるでしょうから、それもまた............です。
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18 June 2002
絵葉書
スイス国境近くに住んでいるイタリア人は、重要な郵便物をわざわざ国境を越えてスイスの郵便局に出しに行くという、本当か嘘か分からない話を以前、雑誌かガイドブック的な単行本で見つけました。
かつては、信頼されていないらしかったイタリアの郵便局。
郵便局の元締であるPosteitaliane は、1998年に政府全額出資の株式会社になっているようです。ということは、信頼性が少しは向上してるのでしょうか。
以前からPosteitaliane が、Giro d'Italia のゴール地点で絵葉書にそれなりの記念切手を貼り、Giro d'Italia の為に仕立てた消印を押して販売しているのをよく見かけて、幾度か買っていました。

今年のGiro d'Italia の絵葉書は、スピード感を表現した写真に重ねてマリアローザを着た男のイラストです。
んー、ヘルメットが古くさそう、トークリップ使ってる、などとイラストが単調でイマイチですけど、Torino 2006(冬季オリンピック)の記念切手と、第10ステージのゴール地点Benevento の文字が入っている当日消印。
まあGiro d'Italia の記念としては、まあこんなものかなとかと。
コース脇で、店拡げていたPosteitaliane のオネ−サン2人とおじさんは、暇そうにお喋りに夢中になっていました。
意外にも商売にも熱心なようで、これはどうだ、これは? と勧めてくれました。
過去の絵葉書もちゃっかりと並べられていて、1999年のGiro d'Italia スタート地点であるAgrigento(シシリア島)の当日消印押したやつや、Fausto Coppi の生誕80周年記念切手をデザインした葉書にその記念切手を貼ったやつなど、売れ残り一掃処分の感がありました。
一掃処分とはいっても元国営会社、払ったユーロからお買い得セールではないように思いました。

Fausto Coppi の生誕80周年記念切手には、ITALIA 800と標記されています。
1999年ということで、0.41ユーロという文字も並記させています。絵葉書の値段が1000リラで0.52ユーロとなっていますから、ITALIA 800は800リラのことでしょう。
ITALIA 800なんて文字を見ると、何故かFIAT 500(チンクエチェント) を連想してしまいます。
この切手も、デザイン的には「まー、こんなもんかなー」と。
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13 June 2002
リゾート
Milano に着いた翌日、第7ステージのトスカーナ海岸まで 370kmをOpel Corsa 1.0 で移動しました。
エアコン付きとリクエストして借りたCorsa 1.0の住環境は上々でしたが、今迄借りた中では一番小さな排気量、もう少し排気量が大きい車だろうと良い方向に期待していましたが、残念ながら1.0リットル。
しかし流石にヨーロッパ車、上り坂以外の直線なら、イタリア高速道路の巡航速度である130km/h (法定最高速度は、たぶん120km/h)は幾らかのストレスを感じながらも維持でき、瞬間最高速は180km/h を得ました。
ラテン人なら、もっと速く走らせることが出来るでしょう。

「あ、前が詰まってる、車線かえなきゃ、走行車線は後から速そうなのが集団で迫ってる。
.............あー、失速しちまった、やっと追越車線がクリヤーになった、2つシフトダウンしてまたベタ踏みだ、あー登り勾配だ、スピード上がらない、また後から迫ってくる、あーあー走行車線へ出戻りだ。」
あたふたしながらも3時間余りで第7ステージのスタート地点Viareggio のインターチェンジに辿り着き、サーキットコースのメイン地点であるLido di Camaiore の住宅地の小陰に路上駐車しました。

Lido di Camaiore は、第7ステージでGiro の集団が3度訪れ、その内1度は補給地点となり、そして4度目はゴールとなります。
絶好の観戦ポイントとなるこの地とスタート地点Viareggio の一帯は、Versilia 地方に位置して海岸リゾート地として有名なようです。
ステージの名称(起点終点)が他のステージと違って、Circuit della Versilia(Versilia のサーキット)となっていたので、ガゼッタのweb-site にタイムテーブルが載るまでは、このステージの舞台が何処にあるのか良く分かりませんでした。
しかし、現地に着いてVersilia だけの標示で充分な事を納得しました、

小奇麗なホテルたちと、ゴミが全く無さそうな道路。
Giro のコースとなった4車線道路の西側にはバールやリストランテが並び、その前には遠浅の海岸が広がっていました。
細かい砂の海岸には、秩序良く並べられたパラソルと椅子。
そのパラソルと椅子は小気味よく色が統一されていて、店のテリトリー毎なのかある地点でこれまた小気味よく色とデザインが変わっています。
店と店のあいだの通路には、ローズマリなどのハーブが植えられています。
棟割り長屋のような脱衣所と思われる小部屋のドアには、鍵が挿しっぱなし、たぶん無料なのでしょう。...........じゃあなくても無料のようなもの。
脱衣所近くには、綺麗なトイレもあります。バールでトイレを使いたいとお願いしたらこのトイレを教えられたので、当然無料です。............公衆トイレといったところでしょう。
ラテンでは、綺麗な公衆トイレなんては珍しいですね、公衆トイレそのものも珍しい物件です。
当日は晴れたり曇ったりで風も強くて、椅子に座って悠々と海を眺めているという図は見られませんでした。
かぁーと晴れ渡っていたら、椅子に座ってティレニア海を見ながら弱発泡性の白ワインなどを咽に流しこみ、1時間毎に訪れるGiro d'Italia 御一行を待ち受ける.............えーですなー。

気分が高揚して、「何か食べなきゃ」と、切り売りピザ屋で1/2のピザを2切れと弱発泡性の白ワイン1/2を腹に入れました。
ワイン1/2って500ミリリットルなのですが、1/4(250ミリリットル)じゃあ物足りないということで、ついついオーダーしてしまいます。
.............やっぱり酔いました。昼間なのに。でも休暇中ですからね。
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4 June 2002
穴熊?
Giro d'Italia 今年のキャラクターは穴熊の様です。
私にはそう見えます。.............というより、今年のGiro d'Italia の経緯からそう見えてしまいます。
.............穴熊って尻尾あんなにでかかったっけ?

私が勝手に思いこんでいる穴「熊キャラクター」に倣ったわけでもないでしょうが、優勝候補が次々と家へ帰ってしまいました。
彼等は、あいもかわらず「薬」絡みと、暴力的ともいえる行為によってGiro d'Italia から排除されました。
マスキング劑が検出されたStefano Garzelli (Ita/Mapei)が去り、Gilberto Simoni (Ita/Saeco) はGiro del Torentino のドーピング検査でコカインの陽性反応が出たために..........彼等はGiro d'Italia から去ってしまいました。
そしてFrancesco Casagrande (Ita/Fassa) は、第15ステージの山岳ポイントで コロンビアチャンピオンのFredy Garcia (Selle Italia) のクラッシュを招いたとして、Giro d'Italia から追放されてしまいました。
これで、「誰もいなくなった。」と言う状態にとなり、Giro d'Italia に対する関心が薄らいでしまいました。
Simoni とCasagrande のバトルを第11ステージのCampitello Matese (1430m) で見ることが出来たので、正直なところドロミテのステージを見に行かなくて良かったと思いました。本命達がいない山岳ステージは、寂しいですから。

しかし、それを救ったのは「天使の微笑、悪魔のダウンヒル」の Paolo Savoldelli (Ita/Alexia) が総合1位という成績で最終日を迎えるという、「イタリア人」のGiro d'Italia であった事です。
私としては、Tyler Hamilton (USA/CSC) が第19ステージの個人タイムトライアルでSavoldelli との1分28秒差を逆転して、アメリカ人がマリアローザ(総合1位のジャージ)を得るという、1988年の Hampsten 以来の図を予想していただけに意外な結果でした。
個人タイムトライアルのスペシャリストであるUS-Postal くずれのTyler Hamilton を14秒も上まわる成績をPaolo Savoldelli が上げるのですから、やはりマリアローザの偉力は素晴らしいものでした。

ここ数年、マリアローザの袖に腕を通した事のあるStefano Garzelli、Gilberto Simoni の轍を辿らないようにと「天子の微笑、悪魔のダウンヒル」のPaolo Savoldelli に期待します。
...........Savoldelliにもそんな「薬」絡みの状況があったような、無かったような?
プレッシャーに負けず、「薬」に手を出さないことを祈りましょう。
「Savoldelli お前もか!」「因縁のマリアローザ」と言われることの無いように。

キャラクターのポスターには、L'EMOZIONE NON DORME MAI. と、瞼が1/3ほど下がっているし、「感動に眠ってなんかいられない。」という意味だと思います。
.............来年こそは「感動に眠ってなんかいられない。」となるでしょうね。
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